街をぽくぽく歩いてみれば

<   2016年 09月 ( 5 )   > この月の画像一覧

過去と現在の韓国を感じる~釜山・チェミンシクギャラリー(峨嵋⦅アミ⦆文化学習館内)

この夏、久しぶりに甘川洞文化村を訪れた。

その様子は、この中に↓
釜山・甘川文化村~変わったもの、変わらないもの①
http://bono1504.exblog.jp/24590096/

その前に、ひょんなきっかけで訪れた場所だった。

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甘川洞文化村の2つほど前のバス停で降りた私たちは、マウル散策をしていた。
「けっこう歩いたな~」「ちょっと休みたいな~」と思っていたころ、カフェを見つけてひと休み。(上の写真の右手に見える建物)
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<アミ文化学習館のはす向かいにあるカフェ>

そのカフェのお姉さんから紹介されたのが、ここ、峨嵋(アミ)文化学習館。
道路から入ってすぐの入り口はもう閉まっていたけど、
道路から1階分下った「チェミンシク・ギャラリー」は、ん?開いている??

入り口を入ってすぐ、正面に貼られた写真が目に飛び込んできた。
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韓国がつらい戦争を経て、高度成長へ向かう頃の社会を切り取った写真。
必死に生活の糧を得ようとするもの。無邪気に笑うこどもたち。何気ない日常のひとこま。
そんな写真が目に飛び込んできた。
なんだか胸の中が熱くなって、泣き出してしまいそうだった。
友人と一緒じゃなかったら、泣いていたな、きっと。

彼の写真集をここで買うことができるらしい(割引価格で)。
でも、受付の人がおらず、残念ながら買えなかった…。

このギャラリーの中から、釜山の街がのぞめた。
まるで現在の釜山を写した、一枚の写真のようだった。

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この街のひとたちもみんな一生懸命に生きているんだよな。

チェミンシクさんがまだご健在だったら、どんな写真を撮るんだろう。
そんなことをぼんやり考えていた。


チェミンシク(최민식)
192836黄海道に生まれる。大韓民国写真家大韓民国第1世代のドキュメンタリー写真と呼ばれる。人間というテーマを深く掘り下げ、ドキュメンタリー写真にこだわっ2013年、老衰で死亡
(ウィキペディア韓国版を参考)


釜山旅行サイト「釜山ナビ」さんの甘川文化村の記事
http://www.pusannavi.com/miru/2060/

峨嵋(アミ)文化学習館 아미문화학습관
釜山広域市西区峨嵋洞2街89-239 부산광역시 서구 아미동2가 89-239
電話:051-240-4496
利用時間:09:00~18:00




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氷の倉庫で心がほどける~인천 아카이브카페 빙고(インチョン・アーカイブカフェ ビンゴ)

この夏、仁川を訪れた。
かねてから気になっていた、「カンドンギャラリー」へ行くために。

カンドンギャラリー http://www.gwandong.co.kr/

そのギャラリーの方が「仁川にはステキなカフェがあるのよ」と教えてくださったので、
さっそく行ってみた。
カンドンギャラリーの近くらしい。

ギラギラ照り付ける太陽と闘いながらたどり着いた。
아카이브카페 빙고(アーカイブカフェ ビンゴ)。

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もともと氷の倉庫(빙고 ビンゴ)だったという。

重い木の引き戸を開けると、高い天井の落ち着いた空間があった。
1階には大きなテーブルの席がひとつ。(10人ぐらい座れる?)
2階にも2,3人ずつ座れる席があるよう。
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時は2時過ぎ。
店内では、お昼を食べ終わった人たち?が思い思いにくつろいでいる。

朝から歩き回って、とうとうお昼ご飯を食べ損ねてしまったワタシ。
「なにか甘いものが食べたい…」
と、カフェオレとパウンドケーキを注文。
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ナッツが入って、バタークリームがサンドされたケーキは、
その時の私には、ちょうどほしかった「甘いもの」。

カフェオレをひとくち。その瞬間、こころがほどけてゆくのを感じる。

外は殺人的な夏の日差し…。

なかなか外へ出る勇気が出ないのと、居心地のいいこの場所から離れたくないのとで、
その後しばらくなが~い休憩をしたのでした。

아카이브카페 빙고(アーカイブカフェ ビンゴ)
https://www.facebook.com/incheonbingo/
+82 32-772-3338
営業時間12:00~21:00
毎週木曜日休み


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いつまでも過ごしたいカフェ~brownhands釜山店

この夏、釜山在住の友人と日本家屋を訪ねながら、釜山の街を散策した。
まだまだ夏真っ盛りの頃、汗をダクダクかいた私たちは、旧百済病院の前にいた。


釜山に残っている近代建築物の中で、現在まで絶えず変化しながら保存されている建物だ。1922年、鳴旨出身の崔海氏が建てた最初の近代式個人総合病院で、当時1、2階の建物が大部分であった時代に、5階建ての煉瓦建築として建てられ、西洋からの医療スタッフを雇うなど栄えていたが、悪いうわさや経営難になり、崔海が日本へ夜逃げしたことにより管理権が中国人に渡った。その後、蓬莱閣という中華料理屋、結婚式場に変わりながら、現在も賃貸が行われている。

住所:釜山広域市東区中央大路209番路16(草梁洞467番地)
(釜山市観光課職員の方のブログ「ホットな釜山」より一部抜粋。
 http://blog.goo.ne.jp/busanmankitsu/e/4552eb4d58eed20ccf852ecbdda60f60

4年ぐらい前には、確かその建物はロシア語らしき看板がかかっていたような記憶がある。
釜山にいる友人によると最近、ステキなカフェになったという。

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「brownhands」というそのカフェは、2015年の夏にできたらしい。
お店のサイトを見ると、改装前の写真が見られた。
http://www.brownhands.co.kr/board/free/read.html?no=224&board_no=3

しばらく、友人とのんびりとくつろいだ。
「なんか、釜山らしくないね」なんて言ってしまうちょっと失礼なわたし。
在来市場や、迫力のある濃い釜山が好きな私は、ちょっと物足りないような、うれしいような複雑な気持ちだったのだ。

このカフェは、1Fにある。トイレに立った時、2階へ続く木製の素敵な階段を見つけた。
もしかしたら、屋上までいかれるんだろうか?
そんなことを考えていると、偶然この建物を管理している会社の方に出会う。
その後、お店やこの建物のあちこちを案内していただくという幸運にも恵まれた。

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<カフェの内部。壁の斜めの線は、木製の階段の跡だという>

ふと、友人が「どうしてこの建物を買い取ろうと思ったんですか」と聞いた。
すると、「この建物をなくしてしまうのは、おしかったから」とおっしゃる。
その言葉を聞いたとき、とても温かい気持ちになった。
100年近く前に建てられた建物を、釜山の人たちが維持しようとしている…。

1Fは、カフェとして使っているが、そのほかの部分は少しずつ改修している途中で、
すべて終わるまでどのくらいかかるかわからないという。

また、釜山に行くときには、毎回訪ねてみたいな。
少しずつどんな風に変わっていくのか、「定点観測」してみたいな、なんて。
釜山に住んでいる友人が、すごくうらやましかった。

brownhands釜山店
釜山広域市東区草梁洞467 1階
電話:051-464-0332
地図https://search.naver.com/search.naver?where=nexearch&query=brownhands+0514640332&sm=top_hty&fbm=1&ie=utf8


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鹿港の風に吹かれたい。

私の今学期の授業が終わった。

最近、ふとしたとき、台湾・鹿港(ルーガン)のお寺でボンヤリした時間を思い出す。

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確かたずねたのは、12月の末。
成田を出発するときは、フカフカのダウンを来ていたというのに、
こちらに着いたら、そんなの暑くて着られない…。
鹿港の龍山寺(写真は、その入り口)に着く頃は、薄手のシャツでも汗ばむくらいだった。

この境内でしばしぼんやりした。
頬に当たる風がなんともいえず、やわらかくて…。
そんな風の感触をときおり思い出す。

あの風を感じたいな。

同じ頃、再び訪れることができたら、いいなぁ。


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そろそろ今学期も終わる。

いくつか台風が通り過ぎ、少しずつ秋が深まっていく。

夏休みが終わってから加わった新入生もクラスになじんできた。
漢字の勉強をどんどん進んでする新入生にクラスメートも刺激を受けているよう。
さらに短期滞在の欧米系女子も加わり、にぎやかになったクラス。

そんなころ、課外活動でスカイツリーに行ってきた。

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<スカイツリーと秋の空>

学生と訪れたのは、写真のような空はのぞめない、
ときどき小雨の降る、肌寒い日だった。
それでも、楽しかったらしく、
携帯カメラでバシバシ写真を撮っていた彼ら。

あと1週間で今学期も終わり。
学生に助けられた今学期だったと、つくづく思う。

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